石の裏のダンゴムシ

みんなの安全基地。生きづらさを感じている人のための居場所です。

理解されない孤独感。

 

こんにちは、つっきーです。

今日と明日は最高気温が25℃を超えるようで、暖かいどころか暑いぐらいになりそうですね。明日は屋外での開催を予定しているので、日陰の涼しいところがいいかなぁとか思っています。

特に書くべきこともなかったので、今日のブログは前回に続いてひとりごとを書こうかと思います。私事なので、まぁのんびり読んでいただけたらと思います。

 

複雑で理解されない

唐突で申し訳ないのですが、ぼくは周囲の人たちと接するなかで、「あんまり理解してもらえないなぁ」と思うことが度々あります。普段あまり自分の話をしないこともあって、求められて初めて自分の考えなどを話す感じなのですが、たいてい分かってもらえないで終わってしまいます。

これは別に「どうして分かってくれないんだ!」と嘆いているわけではなくて、結果論として実際そんな感じがしているという話です。なので、これが生きづらさであるというわけではありませんし、正直あんまり困っていたり苦しんでいたりしているわけでもありません。自分と周囲が感覚的にズレているようだ、とぼく自身が認識しているだけです。

先日も、ひょんなことから友人に自分の感覚というか考えを話したら、「よく分からない」と言われてしまいました。ショックを受けたりはしなかったのですが、「やっぱりかぁ」みたいな感想を持ちました。正直なところ、ぼくがなにに思い悩み迷っているのか話しても、結構な割合の人は分からないのかもしれないなと思っています。

そもそも、他者を理解するというのはとても難しいわけで、そんなに簡単に理解したりされたりできたら困りませんよね。だから、ある意味では「理解されないのが当たり前なんだよね」とは常々思っています。ぼくも相手のことをきちんと分かっているなんてことはないでしょうし、そこはまぁお互い様ですよね。

相談しないで抱え込む

上述した友人とのやり取りのなかで、「誰かに相談したりしないでしょ?」と言われました。言われてみれば、ぼくは基本的に悩みなどがあっても誰にも相談しません。先週のブログでもチラッと書きましたが、ぼくは自分のなかであれこれと問答して考えを巡らせるタイプでして、その問題なり悩みなりについて深く潜って考えているのです。

両親なんかには、話さなければならない状況になったときに話してみるのですが、それで返ってくる回答なり助言はすでに自分のなかで辿ったものだったりします。それで満足できなかったがためにさらに追求しているわけなのですが、それを指摘するともう理解してもらえないのです。

こんな言い方をすると誤解されてしまいそうですが、徹底的に突き詰めて考えていったけど、結局分からなくて困っているという感じでしょうか。そのせいか、自分でどうしようもなくて他者に相談しようと思ったときには、その内容がどこか哲学的な問いになってしまっていたりするわけです。

難易度を上げすぎる

そんな調子なので、以前就職に関して相談しに行ったとき、相談員の方に「何のために働くのか分からなくて」とか「役に立つとか貢献するってことが分からなくて」とかいう聞き方をしてしまいました。そこまで来るともうめんどくさい奴ですし、そんなことを聞かれて答えられる人なんてきっと滅多にいないですよね。

結局のところ、みんながそこまで考えないことを考えていたりして、「そんなこと考えたって仕方ないじゃん」って思われてしまったりするわけです。でも、ぼくとしてはそこまで考えないと気が済まないし納得できなかったりするので、タチが悪いのです。自分で勝手にドツボにハマる、というのはぼくの短所でしょうね。

なんだか自己分析みたいになってしまいましたが、「あはははは~」とか言って誤魔化したくなってきました。長くなってしまいましたし、上手くまとめる自信もないので終わりにします。とにかく働こうな、自分。(苦笑)

 

お知らせ

明日22日開催のダンゴムシ、ただいま(21日正午)をもって参加希望を締め切らせていただきます。「やっぱり参加したい!」という方は、至急ご連絡ください。

dango64.hateblo.jp